シリとの出会い。ウィッチャー短編小説「The Sword of Destiny」感想(英語版)

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※本記事は『ウィッチャー短篇集2 運命の剣』収録の「運命の剣」を英語版で読んだときの感想です(2022/03/27更新)

ウィッチャー原作小説の2作目『Sword of Destiny』に収録されている6つの短編小説のうち、5つめの短編「The Sword of Destiny」のあらすじと感想をまとめた。

ついにゲラルトが運命の子シリと出会う。

この短編は、1作目の短編集『The Last Wish』に収録されている「A Question of Price」のその後にあたる作品となっている。

>>ゲラルトとシリの関係の始まり。ウィッチャー短編小説「A Question of Price」


「The Sword of Destiny」のあらすじ

  • ブルッゲのヴェンズラフ王からの伝言を預かったゲラルトは、木の精の長エイスネに会うためブロキロンの森を訪れていた。森でゲラルトは、ヴェルデン王の義弟でかつて呪いを解いたフレクシネットと会う。フレクシネットは重体になりながらゲラルトに「王女を助けてくれ」と伝える。
  • 木の精ブラエンの案内でエイスネのもとに向かうことになったゲラルトは、モンスターに襲われていた10歳くらいの少女シリを助ける。シリはフレクシネットの話していた王女であり、ヴェルデンのキストリン王子との政略結婚から逃げてブロキロンの森に迷い込んだという。
  • シリを連れてブロキロンの森の中心部ドゥエン・カネルに到着したゲラルトは、木の精の治療を受けたフレクシネットと再会後、エイスネに面会する。エイスネはシリを木の精にすることを望んだが、シリはゲラルトと森を出ることを選ぶ。
  • シリと共に森を出たゲラルトはヴェルデン兵に囲まれるが、ブラエンら木の精やシントラのキャランセ女王の使いとしてシリを捜索していたマウスサックに助けられる。

(マウスサックはゲームだとエルミオンという名前。「A Question of Price」でパヴェッタの教育係となり、そのままシリの世話もしている模様)

これより先はあらすじに書かなかったネタバレに触れつつ、解説や感想を書いていく。


シリが6歳になったら迎えに行く話はどうなった?

「A Question of Price」でゲラルトはシントラのキャランセ女王に、パヴェッタのお腹にいる子供が6歳になったらウィッチャーにするため引き取ると告げた。

その子供というのがシリである。

しかし本短編でシリは10歳くらいという設定で、ゲラルトと初対面。シリがキャランセの孫だとゲラルトが気づくのは、エイスネのゴブレットに触れてビジョンを見た後である。

ゲラルトはシリが6歳になった時、シリを迎えに行くどころか会ってすらいないわけで、あの約束は一体どうなったのだ? と疑問を抱えながら短編を読み進めることになった。

先に言うと、その答えは次の短編「Something More」で判明する。ゲラルトは約束どおりシントラに行っていたとか、厳密には今回がシリとの初対面ではないとか。

さらに言うと、この短編でゲラルトはシリを連れて行かない。「運命は信じない」と言ってシリを置いていくのだ。


運命を信じているシリ

シリは幼い頃から自分は驚きの子であり、白髪のウィッチャーが迎えにくるという話を乳母から聞いていた。

そのため、ゲラルトがシリの素性に気づく前からゲラルトが何者か分かっていた。

シリはゲラルトと運命でつながっていることを強く信じており、ゲラルトが自分をウィッチャーにするために連れて行ってくれる日をずっと待っていたと話す。

生まれながらの王女でありながら、王女は王子と結婚するものという常識を真っ向から否定するシリは、政略結婚でヴェルデンに行くもイヤになって逃げ出すほどで、王女として生きる気が全くない。

漠然と、運命の誰かがいつか自分を連れ出してくれるというシチュエーションにあこがれを抱いていた可能性はある。ウィッチャーの訓練がどんなに過酷かも知らずに。

そのへんはまだ10歳なら仕方ないと言える。

ゲラルトが自分をシントラに帰すと知った時、シリはひどく落胆し、去りゆくゲラルトに「私はあなたの運命だよ」と強く訴える。根拠などないが、運命については本能で感じるものがあるのだろう。

運命を信じないと主張するゲラルトとは対照的だった。


運命を信じないゲラルト

「運命は存在しない。我々が運命づけられている唯一のものは死だ」

というのが本短編におけるゲラルトの一貫した主張である。

エイスネのゴブレット経由で見たビジョンの中で、ゲラルトは「運命の剣には2つの刃がある。お前はその1つだ」という言葉を聞く。

ゲラルトの考えでは、もう1つの刃は死である。つまりシリの運命にはゲラルトと死が結びついていることになる。

ゲラルトは、ウィッチャーである自分の人生は常に死と隣り合わせだと感じている。そんな運命にシリを巻きこむことはできない、そういう思いがゲラルトにはあった。

ゲラルトはブロキロンの森でシリと一緒に過ごして愛着が湧いたはずだ。ゲラルトの匂いセンサーによると、シリはツバメの香りがするそうだ。香りが言及されている人物はゲラルトにとって特別な存在であることが多い。

また、シリはキャランセ女王の孫娘だ。パヴェッタが海難事故で亡くなった今、シリはシントラでただひとりの王位継承者であり、政治的な意味でもシリを危険な目に遭わせることはできない。

そしてシリが女の子だということも、間違いなくゲラルトの行動に影響を与えている。次の短編でハッキリ分かるが、驚きの子が女の子だとゲラルトは思っていなかった。

口では運命は信じないと言いつつ、ブロキロンの森でシリと出会ったことは、ゲラルトにシリとの強いつながりを意識させるのに十分な出来事だ。それでもこの時のゲラルトは頑なに運命を拒否する。


シリの秘められた力

「A Question of Price」でシリの母パヴェッタは強大な力を披露した。

本短編でシリが力を発揮することはないが、パヴェッタの力はシリに受け継がれており、その片鱗を匂わせるシーンがいくつかある。

ゲラルトがシリから魔力を感じる瞬間があった。ブロキロンの森から出る時にシリが「こっちじゃない」と言ったのにゲラルトがスルーしたら兵士に囲まれた。

そして極めつけはシリがブロキロンの水を飲んでも何ともなかったことだ。

ブロキロンの水とは、簡単に説明するとエイスネの用意した超強力な洗脳薬。

エイスネが従える木の精の多くは誘拐した人間の少女か、木の精と人間の男性の間に作られた子供だ。人間の少女の場合は、ゴブレットに入れたブロキロンの水を飲ませて人間の記憶を失わせ、木の精として生まれ変わらせる。

シリは久々にブロキロンの森にやってきた健康な少女だったため、当然エイスネはシリを木の精にしたがった。

しかしシリはゲラルトと共に森から出ることを望んだ。エイスネはブロキロンの水を飲んでもその意志が変わらなければ自由にしていいとシリに言う。

ブロキロンの水の強力さを知っているゲラルトは、シリは木の精となり二度とブロキロンの森から出られないのだと哀れんだが、シリはブロキロンの水を口にしても何も変わらなかった。

シリが何ともなかったのを見て驚いたゲラルトは「なんだエイスネ、ただの水を用意したのか。温情があったなんて知らなかった」などと言ってゴブレットに触れ、幻覚幻聴にのまれ気を失う。

ゲラルトが容器にさわっただけでそんな事態になるブロキロンの水はやはり強力であり、それを飲んでもシリがケロッとしていたのは、ゲラルトとの運命によるものだという説もあるが、シリの力が強かったからではないかと思う。


その他

ブロキロンの森の木の精

神秘的な雰囲気の漂う木の精の設定はなかなか闇が深い。

さっきも触れたが、木の精を増やすために人さらいして、そのうえ洗脳しているとは犯罪組織もびっくりな恐ろしい話である。

木の精を増やすもう1つの手段が人間の男性と木の精を交わらせることだ。

エイスネの命令でフレクシネットは木の精の種馬としてブロキロンの森に残ることになる。

役割を聞いてニヤニヤするフレクシネットに、ゲラルトは期待してるのとは違うから覚悟しろと釘を刺す。つまりゲラルトさんも過去に木の精の繁殖を手伝わされたことがあるのですね。

ゲラルトとシリの交流

小さなシリとゲラルトのやりとりはほほえましい。

出会った当初のシリは「王女にそんな口の利き方しないで」と高圧的な態度だったが、案外あっさりゲラルトに懐き、寝る前に「お話を聞かせて」とせがむなど可愛らしい姿を見せた。

シリは父親のことをほとんど覚えていないので、ゲラルトに父親の役割を求める部分は少なからずあると思う。

危険なブロキロンの森の中で、シリが徐々にゲラルトと安心して過ごすようになるのは胸が温かくなった。

意外とゲラルトも子供の扱いがうまく、シリによって仏頂面の白髪ウィッチャーだけではないゲラルトの一面を見ることができた。

ゲームは小説のネタバレ

ゲーム「ウィッチャー3」または長編小説からウィッチャーデビューしていると、シリがゲラルトの運命の子だというのは空気レベルの常識にあたる。

しかしウィッチャーを短編小説から順に読んでいる人にとっては、ゲラルトが森で出会ったシリが「A Question of Price」でパヴェッタのお腹の中にいた子だと分かる展開はさぞかし感慨深いのだろうなと思う。

ゲラルトがシリを見て「どこかで会ったことある気がする」と地の文で語るたびに「その子がお前の驚きの子だよおおおお!」と突っ込みながら読んでいた私には味わえない感覚である。

ゲラルトとシリの運命は次の短編「Something More」へ続く。

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