小さくない小さな犠牲。ウィッチャー短編小説「A Little Sacrifice」感想(英語版)

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※本記事は『ウィッチャー短篇集2 運命の剣』収録の「小さな犠牲」を英語版で読んだときの感想です(2022/03/27更新)

ウィッチャー原作小説の2作目『Sword of Destiny』に収録されている6つの短編小説のうち、4つめの短編「A Little Sacrifice」のあらすじと感想をまとめた。

種族を超えた愛、吟遊詩人の片思いを通して、ゲラルトは別れたイェネファーへの愛をさらに深めていく。

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「A Little Sacrifice」のあらすじ

  • ゲラルトはBremervoordの君主アグロヴァルの依頼で、人魚のシーナズにアグロヴァルと結婚するよう交渉するが失敗に終わる。
  • ダンディリオンは出演依頼を受けたパーティーで、友人でありライバルである吟遊詩人エシ・ダヴェンと会う。エシはゲラルトに一目惚れする。
  • 船乗りが海のモンスターに殺されたことから、アグロヴァルはゲラルトに海の調査を依頼。ゲラルトは水中都市を発見し海のモンスターに襲われるが、人魚に助けられる。水中都市の存在はアグロヴァルの野心に火をつける。
  • ダンディリオンは海の調査中に拾った真珠貝を、ゲラルトからの贈り物だと言ってエシに渡す。エシは真珠貝から青い真珠が出てきたことに感激し、ゲラルトに自分の思いを伝える。

これより先はあらすじに書かなかったネタバレに触れつつ、解説や感想を書いていく。


種族を超えた愛の苦難

冒頭、アグロヴァルが横柄な態度で見守る中、ゲラルトは人魚のシーナズにアグロヴァルと結婚するよう交渉する。

人魚の話す言葉は古語のようなものなので、要するにゲラルトは通訳としてアグロヴァルに雇われている。

アグロヴァルとシーナズは既に両思いなのだが、2人が結婚するためにはどちらかが犠牲を払わないといけない。

すなわちアグロヴァルが魔法で尾ヒレを得て水中で生きるか、シーナズが薬を飲んで両足を得て陸上で生きるかである。

体の構造的なことは魔法や薬で解決する世界なので、問題は2人のどちらが折れるかにフォーカスされる。

ゲラルトはアグロヴァルの依頼を受けた立場のため、「アグロヴァルは尾ヒレを生やせないし、水の中で呼吸ができない。君は陸でも呼吸できるだろ」とシーナズが水中生活を捨てて足を生やすよう説得をする。

シーナズはアグロヴァルの一方的な要求をはね除け、「私は彼のために毎日岩の上に這い上がって、風邪もひいたのに、そっちは私のために見苦しい2本足を捧げることもできないわけ? 愛は受け取るだけじゃなくて、何かをあきらめて犠牲にすることも必要なの!」と主張し、交渉は決裂する。

ゲラルトはただの通訳のはずなのに板挟みになり、アグロヴァルからは責められ、極めつけには交渉に失敗したから報酬は払わないと言われて散々である。

ゲラルトからシーナズの話を聞いたダンディリオンは、「俺のバラードでは人魚は王子のために細長い足を手に入れるが、代償として声を失ってしまう。そして王子は人魚を裏切る。人魚は捨てられて、太陽の光を浴びて泡となる」と語る。

これは完全にアンデルセンの『人魚姫』。でも人魚姫の話を冷静に聞いて気づいたのだが、人魚側の犠牲と負担があまりにも大きくはないか。

童話の人魚は王子のために本来持っていた尾ヒレを足に変え、痛みに耐えながら慣れない足で歩く。さらにしゃべれないという代償まで負わされた。一方、王子は何の苦労もせず好きな人と一緒になる。なぜ王子だけ犠牲ゼロで済むのか。

シーナズの主張は、人魚にばかり負担があることは不当であり、王子だって何かをあきらめるべきだというものだ。

彼らは種族が違うので犠牲にする規模が人間同士の恋愛よりも遥かに大きいが、「愛し合っているのならお互いが犠牲を払うべき」という意見はいかなるカップルにも通用する正論である。

アグロヴァルもシーナズも頑固で妥協の影すら見えず、この時点では、いずれどちらかが見限るのだろうなと思っていた。

なお、体の構造も違って言葉も通じないアグロヴァルとシーナズがどうやって両思いに至ったのかは、『Sword of Destiny』最大の謎である。


愛のための小さな犠牲は本当に「小さな」犠牲か

ゲラルトはアグロヴァルから別の依頼を受ける。真珠貝を採りに行った船乗りが海のモンスターに襲われたので、調査して脅威を排除してほしいというものだ。

真珠貝が目当てのダンディリオンと共に調査に向かったゲラルトは、思い掛けず水中都市を発見し、海のモンスターに襲われる。

ゲラルトはダンディリオンを先に逃がし、モンスターの数と足場の悪さで窮地に陥るも、シーナズの助けで生還する。

アグロヴァルはゲラルトから水中都市の話を聞くと、戦争を仕掛けて自分の支配下に置くと言い出す。

ゲラルトはやめるよう説得するが、アグロヴァルは聞き入れず、このあと戦争が始まるのかと思っていたところに驚きの展開。

シーナズが人間となってアグロヴァルのもとにやってきたのだ。

「愛する人のために小さな犠牲も払えない愛なんて愛じゃない」と言って。

短編ではアグロヴァルとシーナズの話はここで終了する。

正直、シーナズが人間になることを選んだのは意外だった。というか、あんな傲慢君主のどこがいいのかそこまでアグロヴァルのことが好きだったとは。

さて、シーナズ本人は「小さな犠牲」と言っているが、彼女の払った犠牲は決して小さなものではない。

アグロヴァルと一緒にいるために生まれながらの体を捨て、家族や友人と離れ、なじめるかも分からない世界にひとりで踏み込んだ。今後は幸せもあるかもしれないが、苦労やリスクと隣り合わせの生活になる。

小さな犠牲というのは本人にとっては大きな負担なのだ。

その後アグロヴァルが水中都市に攻め込んだのかどうかは短編では語られない。

しかし、アグロヴァルが本当にシーナズを愛しているのなら、愛する人のために水中都市をあきらめるだろう。


吟遊詩人エシ・ダヴェン

エシはダンディリオンの良きライバルであり友人の女性。

「リトル・アイ(小さな目)」の別名を持ち、ダンディリオンにはポペットと呼ばれている。

ダンディリオンがしぶしぶサブの吟遊詩人としての出演を承諾したパーティーに、メインの吟遊詩人として出演していたのがエシだった。

珍しいことにダンディリオンにとってエシは恋愛の対象ではなく、どちらかというと妹のような存在らしい。

再会した時こそ皮肉の言い合いだったが、2人はかなり親しい間柄だと考えられる。

ダンディリオンがゲラルトの海の調査についていったのもエシの誕生日のために真珠を手に入れたかったからだし、ダンディリオンは後年エシが伝染病で亡くなった際にエシの遺体を引き取って埋葬している。

そんなエシは、パーティーでゲラルトと話してゲラルトを好きになる。ゲラルトもまた、エシを魅力的に思う。


イェネファーへの愛を深めるゲラルト

エシを魅力に感じつつも、ゲラルトは別れたイェネファーを愛している。

エシがゲラルトに告白した時も、ゲラルトはイェネファーのことを考え、エシの瞳の色や髪型、香りなどあらゆる点をイェネファーと比べていた。

エシはイェネファーではない、だからエシは愛せないのだ。

ゲラルトにとって、イェネファーをあきらめることは大きな犠牲であり、エシのためにそこまですることはできない。

その一方でゲラルトにはエシを傷つけたくないという思いがあり、愛するのは無理だと正直に伝えることもできない。かといってウソを言うこともできない。

どうすればいいか分からないゲラルトは、エシとの会話を避け距離を取る。

エシを傷つけたくないくせにゲラルトは何も言わない。エシはゲラルトの考えていることが分からず悲しみ戸惑う。

2人の空気が気まずいことにダンディリオンもしびれを切らし、「イェネファーみたいに心が読めるわけじゃないんだ。黙ったままじゃ伝わらない。明日出発するんだから2人で話して何とかしてくれ!」とゲラルトとエシを話し合いに駆り立てる。今回のダンディリオンは存在価値を発揮している。

2人が何を話したのか、短編では触れられない。ゲラルトが自分の思っていたことを打ち明けたのか、エシも涙ながらに納得したようで、その後は清々しく別々の目的地へと出発していった。

ゲラルトは女性を香りで意識することがある。

イェネファーはリラとスグリ。エシも和解後はバーベナの香りで紐付けられるようになる。

エシはイェネファーとの比較対象ではなく、エシはエシだとゲラルトの中で認識されるようになったのだろう。

今回のエピソードを通してゲラルトは、愛には小さな犠牲がつきまとうこと、その犠牲は実際には大きな負担になり得ること、大切にしたい人に自分の気持ちを伝えることを学びながら、イェネファーへの愛を深める。


エシに関する小ネタとして、『ウィッチャーI エルフの血脈』でシリがメリテレ寺院での修行中にエシ・ダヴェン著の『青い真珠』を読んで涙した、というものがある(Witcher Wiki:The Blue Pearlで知った後、小説でも確認)。 

青い真珠とは、エシが誕生日プレゼントにゲラルトとダンディリオンからもらったもの。

真珠貝を拾ったのはダンディリオンだが、ダンディリオンは「ゲラルトからだ」と言ってエシに渡した。偶然にも真珠貝の中には価値の高い貴重な青い真珠が入っていた。

エシは青い真珠をペンダントにはめ、死ぬまで肌身離さず身につけていたという。


個人的に、この「A Little Sacrifice」は『Sword of Destiny』の短編の中で実写化してほしいエピソードナンバー1だ。

ゲラルトとエシの関係、アグロヴァルとシーナズのやりとりはドラマとして優れたものになるだろうし、海のモンスターとの戦いも見ごたえのあるアクションになるだろう。

ゲラルト、ダンディリオン、エシがそれぞれ次の目的地に出発する前日に3人だけで開いた宴はとても心温まるシーンになるに違いない。

それに、シーナズの話す言葉はミュージカルのように歌いながら発音するようなので、ゲラルトが必死にミュージカル調で結婚の交渉をする姿が見られたら最高だ。

まあ、この話にはイェネファーもシリも出ないし、水中の戦いなんてお金かかるからドラマでは省かれるだろうな。

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