三角関係の行方。ウィッチャー短編小説「A Shard of Ice」感想(英語版)

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※本記事は『ウィッチャー短篇集2 運命の剣』収録の「氷のかけら」を英語版で読んだときの感想です(2022/03/27更新)

ウィッチャー原作小説の2作目『Sword of Destiny』に収録されている6つの短編小説のうち、2つめの短編「A Shard of Ice」のあらすじと感想をまとめた。

簡単にまとめるとゲラルトと魔術師イストレッドがイェネファーを取り合う話だが、とても奥深い内面描写が見どころとなっている。

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「A Shard of Ice」のあらすじ

  • イェネファーは古い知り合いの魔術師イストレッドに会うため、ゲラルトと共にAedd Gynvaelに滞在していた。
  • イェネファーがイストレッドのもとに通うのが気に入らないゲラルトは、イェネファーのいない間にイストレッドの家に行く。イストレッドはイェネファーを愛しており、ゲラルトにイェネファーをあきらめるよう告げるがゲラルトは拒否する。
  • ゲラルトかイストレッドのどちらを選ぶかイェネファーが決断できず、ゲラルトとイストレッドは決闘で勝負をつけることになる。

これより先はあらすじに書かなかったネタバレに触れつつ、解説や感想を書いていく。

「A Shard of Ice」は抽象的な表現が多く、考察の余地を存分に残した作品になっている。本記事の解釈もあくまで意見のひとつです。


イェネファーをめぐる三角関係

イストレッドはイェネファーと長い付き合いのある魔術師だ。

イェネファーはゲラルトと一緒にいない時期はイストレッドと恋人関係にあり、何年もゲラルトとイストレッドの間を行ったり来たりしていた。

今回イェネファーがAedd Gynvaelを訪れたのはイストレッドに別れを切り出すためだったが、イストレッドがイェネファーにプロポーズをしたことでイェネファーの心は揺れる。

イェネファーがプロポーズの返事を考えている間に、ゲラルトはイストレッドからプロポーズの話を聞くことになる。

イストレッドの家に向かう前のゲラルトはイェネファーとの楽しいひとときを思い出しており、「イェネファーはユニコーンの剥製の上でやるのが好きだったな。生きてるユニコーンよりはマシだがあの趣味は理解できん」など思い出に浸る余裕があった。ゲームでヴェセミルに突っ込まれていたユニコーンのことか。

イェネファーの人生から消えろ、イェネファーの気まぐれで遊ばれているに過ぎない、感情のないウィッチャーではイェネファーを幸せにできない、などとイストレッドに言われても、優位なのは自分だとゲラルトは思っていた。なぜなら「俺は昨日の夜イェネファーと寝たからだ」。

それに対しイストレッドは「私も今朝イェネファーと寝た」と痛烈なカウンター。

普段は冷静な2人が、だんだん幼稚な言い合いになっていく様子が滑稽。


イェネファーが求めていたもの

家に戻ったゲラルトはイェネファーを問いただす。

イェネファーは事情を話し、イストレッドのプロポーズを受けるつもりだと言う。

そしてイェネファーはゲラルトにある言葉を言ってほしいと頼むが、ゲラルトはイストレッドの「ウィッチャーには感情がない」という発言を思い出し、「それはただの言葉だ。感情はこもっていない」と答える。

イェネファーが何を頼んだのか小説では具体的に書かれていないが、ここはゲラルトに「愛してる」と言ってほしかったと想像できる。

愛と安定と支えを求めるイェネファーにとって、はっきりと愛を伝えてくれるイストレッドは魅力的だ。不妊を治す研究にも協力すると言っているので、イストレッドと一緒にいれば子供に恵まれる日が来るかもしれない。

しかしイェネファーが愛しているのはゲラルトなのだ。

イェネファーはゲラルトの思考が読み取れるので、ゲラルトに感情があるのは分かっているし、ゲラルトがイェネファーを好きなのも知っている。それでも愛を言葉で確認したかった。

もしゲラルトがこの場で「愛してる」と言っていれば、イェネファーはゲラルトを選んだだろう。

残念なことに、ゲラルトはまだ自分が誰かを愛しているという事実を受け入れられていない。また、迷いがある状態でその言葉を言ったらイェネファーが離れてしまうという恐れもあったかもしれない。

長編小説でゲラルトがイェネファーに「愛してる」と言うシーンがあったが、今思えばあれは重大な言葉で、ゲラルトが成長した証だったのだ。


イェネファーは選べなかった

再び会ったゲラルトとイストレッドは、イェネファーは片方を選ぶことはできない、だから我々が決めてやらねばならない、と決闘の約束をする。

2人は「まさか女のために命をかけて戦う日が来るとは」「分かるよ」「では明日の朝に」と会話し、握手を交わす。

決闘のことをイェネファーに知られたくないゲラルトは家に戻らず夜を過ごす。

実は明け方、イェネファーからの手紙が家に届くのだが、ゲラルトは手紙を読まないまま決闘に向かうことになる。

イストレッドにも同じ手紙が届いており、ゲラルトはイストレッドから内容を聞いてイェネファーが町を去ったことを知る。

イェネファーはゲラルトとイストレッドのどちらも選ばない決断を下したのだった。


イェネファーの弱さ

イェネファーは誰に対しても高圧的で横暴で、おそらくゲラルトは「イェネファーのどこがいいの?」と何度も聞かれていることだろう。

ゲラルトもイェネファーの欠点は承知している。ワガママで、人の意見は聞かない。イェネファーに反論するとケンカになる。

加えてイェネファーはゲラルトと一緒にいる間に浮気していた。

なのにゲラルトはイェネファーのために命をかけて戦おうとしていたのだから不思議だ。

短編を読んでいると、外から見えるイェネファーの姿とイェネファーの内面には大きな差があることが分かる。

イェネファーは魔法で美しい外見を作り上げ、尊大に振る舞うことで弱い自分を隠している。

少なくともイストレッドが見たイェネファーは、強力で有能で、ウィッチャーをもてあそぶ余裕のある女魔術師だ。

だがそれはイェネファーの武装した姿に過ぎない。

本当のイェネファーは常に優しさと愛を渇望し、自分には誰にも愛される価値がないという不安にさいなまれている。

「The Last Wish」でゲラルトは、せむしの少女が親に虐げられているビジョンを見た。魔術師になる前のイェネファーだ。

ゲラルトはイェネファー本来の姿を知っていながら、イェネファーを好きになった。そんなゲラルトをイェネファーは愛している。

ただ、ゲラルトの中で愛はまだ愛という形で存在しておらず、イェネファーが求めているものを今は与えられない。

一方イストレッドはイェネファーを愛しているが、イェネファーはイストレッドに愛を返せない。

愛は一方通行では成り立たないことをイェネファーは熟知している。

ゲラルトとイストレッドのどちらかを選べばそれなりに満足のいく関係になるだろうが、いずれもつれて破綻することもイェネファーには分かっている。

仮に決闘で恋人となる相手が決まったとしても結果は同じだ。

イェネファーは1人で去って行った。

それは誰も傷つけたくないといイェネファーの優しさかもしれないし、単に自分が辛い思いをしたくないというイェネファーの臆病さが理由かもしれない。

いずれにせよ、イェネファーの心は外見に反して複雑で壊れやすいものだった。

そしてゲラルトはイェネファーが去ったことで、愛されたければ自分から愛さなければならないことを理解する。


ファンタジー小説にこんな曖昧で込み入ったラブストーリーを組み込むアンドレイ・サプコフスキは天才か。

決闘の成り行きは面白かったし、あと個人的なことではアンデルセン童話の『雪の女王』が引き合いに出されたあたりの読解が全然できなかったので、ぜひとも日本語翻訳が出てほしいと思っている。

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