若きゲラルトを描くウィッチャー小説『カラスの十字路』感想

2024年にポーランド語の原作が発売され、2025年に日本語版が発売されたウィッチャー最新小説『カラスの十字路』。

ゲラルトが自分の馬をローチと名づけるようになったきっかけや、ウィッチャー誕生の経緯など、興味深いエピソードが盛り込まれている。

また、正義とは何か、人間のほうがモンスターより残酷で理不尽ではないか、といったウィッチャーらしい要素も色濃く、読み応えのある一冊だった。

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アンドレイ サプコフスキ (著), 川野 靖子 (翻訳), 杉浦 綾 (翻訳)

なお、本作の舞台は1229年。参考までに、『最後の願い』は1249年前後、ゲーム『ウィッチャー3』は1272年の出来事になる。

一冊で完結する独立した長編であり、シリーズの時系列でもっとも早い時期を描いているため、ウィッチャーを読んだことがない人でも読みやすいかもしれない。

以下、ネタバレあり。

新人ウィッチャーのゲラルト

本作のゲラルトは、ケィア・モルヘンでの訓練を終えたばかりの18歳くらいの青年だ。

娼婦を前にして目のやり場に困ったり、依頼を片っ端から受けたり、モンスターを前にして恐怖を感じたり、剣とメダルを奪われてしまったりと、自分の知るゲラルトからは想像もつかない初々しさや弱さが残っている。

ウィッチャーはモンスター退治の専門家だが、新人ウィッチャーのゲラルトが最初に倒したモンスターは女性を襲っていた男、つまり人間で、冒頭からいきなり絞首刑を宣告され物語が始まる。

人間は時にモンスターより恐ろしい。その現実と、「鍛冶屋の仕事は鉄床と金づち、罪を罰するのは裁判所の仕事、ウィッチャーの仕事は怪物退治」という役割の狭間で、ゲラルトは何に剣を振るうべきかを判断していくことになる。

また、人間は躊躇なく殺せるのに、モンスターには恐怖を感じてしまう自分を出来損ないのウィッチャーだと思い悩む姿も印象的だ。

未熟で感情的で、まだ世界の理不尽さを知らないゲラルトは、熟練ウィッチャーのプレストン・ホルトと出会う。

そして1194年に起きたケィア・モルヘンのウィッチャー襲撃事件の真相を知り、復讐の連鎖に巻き込まれながら、ウィッチャーとしての生き方を探っていく。

ホルトと復讐の連鎖

絞首刑の危機を救いゲラルトの導き手となるのが、プレストン・ホルトだ。

蛇流派のメダルを持つホルトは、35年前までケィア・モルヘンにいたウィッチャーで、ゲラルトに住居を提供し、剣技や人を殺さない格闘術のほか、仲介人を通じてウィッチャーの仕事を得る仕組みを教える。

ホルトの仕草や話し方はヴェセミルに似ているらしいが、ゲラルトはヴェセミルからホルトの名を聞いたことがなかった。

怪我で引退したホルトは、ゲラルトに後継者になってほしいと頼むが、真の目的は別にあった。

1194年の事件。それは、「ケィア・モルヘンを襲撃せよ」と煽る著者不明の冊子によって、多くのウィッチャーが虐殺された出来事。

ホルトはその生き残りで、復讐のために生きてきたが、老いと怪我の影響で復讐の遂行が難しくなり、ゲラルトを利用しようと目論んでいた。

ホルトの意図したとおり、ゲラルトは主犯格の人物を殺害し、復讐の連鎖に関わることになる。

復讐は、成す側にとっては正義だが、客観的には殺人でしかない。

モンスター退治を生業とするウィッチャーが復讐に手を染めることは、自らが怪物になることを意味する。

復讐に生きるのか、それとも……という観点は、本作で重要な要素だったと思う。

カラスの警告

タイトルにある通り、カラスと十字路は象徴的な役割を果たしている。

十字路は物理的な分かれ道であると同時に、運命の分岐点を暗示する。

一方、カラスは死や運命を告げる象徴として機能しており、ゲラルトに警告を発し続ける。

出会って間もないホルトと同行するか否かを、ゲラルトが十字路で決めるシーンでは、空にカラスの大群が。

ケィア・モルヘン襲撃を煽る冊子の著者アルタモンに会いに行く際にも、十字路にカラスがいた。

ほかにも何度かカラスが登場するが、いずれも復讐やゲラルトの運命に関わるタイミングであり、カラスはゲラルトが人間と怪物の境界線上で踏みとどまるよう警告していたように思える。

海が象徴するもの

カラスのほかに、本作で欠かせない存在が海だ。

ゲラルトは海を見たことがなく、ケィア・モルヘンを出たあとも「海を見てみたい」と何度か口にする。

8年ぶりにメリテレ寺院で会ったネンネケも、ゲラルトが海を見たがっていたことを覚えているほどだ。

ゲラルトの行き先は鉱山だったり森だったり湖だったりと、なかなか海にたどり着かなかったが、復讐の最後の標的を追い詰めた場所で、ゲラルトは初めて海を目にする。

果てしなく広がる海を前にし、標的を視界にとらえ、一羽のカラスが鳴く。

そのとき、子どもたちに忍び寄る本物のモンスターを目撃したゲラルトは、復讐をやめ、ウィッチャーの仕事に立ち返る。

海は、広大な世界、境界、再生といったものを象徴する。

海を見たことによって、ゲラルトは新しい世界と出会い、復讐の連鎖から解放され、化け物になる未来ではなく、不完全ながらもウィッチャーとして生きる道を選んだのだ。

善行は自分に返ってくる

私が本作でもっとも好きな要素が、善行はめぐりめぐって自分に返ってくる、という描写だ。

これは、復讐が復讐を呼ぶのとは真逆の因果応報といえる。

依頼をこなしても報酬を受け取れなかったり、弱者を救っても望むような結果が得られなかったりと、ゲラルトはいろいろと理不尽な現実に直面する。

一方で、見返りを求めず助けた郵便配達人がその後の潜伏や仕事を支えるコミュニティになったり、施療師の頼みを引き受けたことが後日自分の命を救うことになったり、時には思いもよらぬ人物がゲラルトの助けた人物とつながりがあったり。

人間社会は理不尽で悪意に満ちており、いい行いをしてもすぐに報われるわけではないが、善意が予想もしない形でゲラルトに返ってくることも多々あった。

世界のそんな繊細な優しさは、不完全な若いウィッチャーの人間性を繋ぎ止め、のちの旅路に大きな影響を与えたのではないかと思う。

驚きの法にも通じるものがあるが、ウィッチャーの原作小説はこういった運命の循環がさりげなく組み込まれていておもしろい。

おわりに

久しぶりのウィッチャーの小説は、今まで見たことのない初々しいゲラルトを見ることができ、満足度の高いものだった。

完全に個人的な話をすると、私は日本語版が英語版と同時に発売されるとは微塵も思っていなくて、迷わずKindleで英語版を買い、読み終えた直後に日本語版の存在を知って仰天した。

すぐ日本語版も買って読んだ。

ウィッチャー小説 感想
うちのKindleに並ぶカラスの十字路2冊

値段が1,980円と前作『嵐の季節』より高くなっているが、これはおそらく、英語版を介した翻訳からポーランド語からの直接翻訳に変わったための必要経費では?

好きな海外作品が、英語版に遅れを取らず母国語で楽しめるのは素晴らしい。

Netflix版は原作軽視の傾向を感じてから見ていないが、ドラマのおかげでウィッチャーの知名度が上がり、日本語版の書籍が英語版と同じ日に発売されるようになったことはありがたい。

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アンドレイ サプコフスキ (著), 川野 靖子 (翻訳), 杉浦 綾 (翻訳)


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