【クイーンズ・ギャンビット】チェスの天才少女×依存症×成長物語という最強布陣ドラマ感想

Netflixオリジナルドラマ『クイーンズ・ギャンビット』(原題: The Queen's Gambit)の感想です。

私のチェスの知識は20年以上前に読んだ『ダイの大冒険』で駒の名前だけ覚えていたレベルですが、この『クイーンズ・ギャンビット』はチェスのルールが分からなくても楽しめるドラマでした。

女性チェスプレイヤーが主人公という設定が珍しいだけでなく、主人公の成長、華やかさと暗さとの落差、少年漫画のような熱いクライマックスなどいいところが山盛りで、2020年に見たドラマの中で一番おもしろかった作品です。


『クイーンズ・ギャンビット』の概要

『クイーンズ・ギャンビット』は1960年代のアメリカを舞台に、チェスの天才エリザベス・ハーモン(ベス)が依存症や孤独に苦しみながら世界チャンピオンに挑戦する話。

ウォルター・テヴィスの同名小説が原作となっている。

全7話で1話あたり50~60分前後。リミテッドシリーズなので、ストーリーは7話で完結する。

Podcastでたまたま聞いたBBCニュースによると、イギリスではコロナ禍のロックダウンと『クイーンズ・ギャンビット』の影響が相まって、チェスセットの販売数とオンラインチェスの登録者数が激増したらしい。

チェスが分からなくても楽しめるドラマ

将棋のルールが分からなくても『3月のライオン』がおもしろいように、『クイーンズ・ギャンビット』もチェスのことを知らなくても楽しめるようになっている。

天才少女の快進撃

1960年代のチェスの世界は男性中心社会。

そんな中、無名の10代の少女がバッサバッサと年上男性たちをチェスで打ち負かしてのし上がっていく。

もちろんベスも負けるときはあるが、必ずパワーアップしてリベンジを果たす王道展開。

チェス盤を見ても何が起きているのか私には全く分からなかったが、ベスが勝ち進む姿は見ていて爽快だった。

ベスの華やかな見た目と暗い境遇のギャップ

主人公ベスは見ていて飽きない。

その理由は華やかな見た目と暗い境遇のギャップにある。

まず見た目。最初は孤児だったり生活に余裕がなかったりで地味な髪型と服装をしているものの、チェスで勝ち上がっていくにつれてファッションがどんどん洗練されて華やかさを増していく(ぱっつんヘア時代も元がいいからそこまでダサさを感じなかったけど)。

そしてベスの一番の魅力は、14歳から20歳までのベスを演じたアニャ・テイラー=ジョイの目ではなかろうか。

少し左右で離れている大きなつり目が特徴で、そのままでも印象的なのだが、アイラインが加わるとまるで漫画の中から飛び出してきたかのような独特な目力を発揮する。


そんな見た目の美しさとは対照的に、ベスの人生には大きな闇がつきまとう。

実母が無理心中して自分だけ生き残る、養護施設で精神安定剤を与えられて子供の頃から薬物依存症になる、養母の影響でアルコール中毒になる、などなど。

実母と養母はベスの支えであった一方で、トラウマや依存症という負の遺産をベスに残した。さらにベスは孤独も抱えることになる。

ベスの華やかな見た目と暗い境遇のギャップは、ベスから目が離せない大きな要因だ。

対局シーンも飽きずに見られる

ドラマにはチェスの対局シーンがたくさん出てくるが、ルールが分からなくても飽きない工夫がされている。

1つの対局はほどよい長さに収められているほか、一手ごとにプレイヤーの表情や仕草、あるいは周りの観戦者の様子が映される。5話に至ってはザコ戦がミュージックビデオ風のおしゃれ演出。

雰囲気も大会によって全然違うので、対局シーンと一言で言っても常に新鮮なものを見ているような不思議な感覚になった。

とはいえ、ベスとベニーのモデルは実在した世界チャンピオンのボビー・フィッシャーらしいし、ドラマでの対局の中には実際の対局をもとにしているものもあるそうなので、チェスに詳しかったらもっとドラマを楽しめるのだろうなと思った。

これより先、ネタバレあり感想です。

自分のためのチェスから他人のためのチェスへ

『クイーンズ・ギャンビット』はベスの成長物語。

その中で最も鮮烈だったのは、ベスが最終話でシャイベルさんやジョリーンがずっと自分を見守っていたことを知り、自分のためのチェスから他人のためのチェスをするようになったことだ。

それまでベスにとってチェスは生活費を稼ぐ手段で、生きていくためには勝ち続ける必要があった(何気にそのことを的確に指摘していたのがメキシコシティでのボルゴフ)。

1960年代の女性が自活するのは異例なことだっただろう。特にアルマを亡くしたあとのベスは、親も配偶者もいない状態でチェスしか居場所がなかった。誰にも依存できないことの反動からか、酒と安定剤への依存が激しくなる。

しかしジョリーンと再会してシャイベルさんの葬儀後に養護施設へ訪れたあと、ベスは大きく変わる。

シャイベルさんとジョリーンはベスが州大会で優勝したときからずっとベスの活躍を追っていた。自分の知らないところで自分を応援してくれる人がいるということをベスは初めて認識する。

(それにしても、あのシャイベルさんがベスの写真や手紙を後生大事に飾っていたのが不意打ちすぎて涙腺がダム決壊した)

ベスが試合で初めて対局した女の子もそうだが、ベスに勇気づけられている人が実はたくさんいるのだろう。

そしてモスクワ大会でベスは、世界チャンピオンに勝つという自分の目標達成だけでなく、周りの人のためにも勝利を目指すようになった。

ロシアへの渡航費をジョリーンが貸してくれたという現実的な理由もあるが、ベスは初めて他人の期待に応えるためのチェスをしたのだ。と、私は考えている。

ベスが酒も薬も断つことができたのは、支えてくれる人の存在がハッキリと頭に浮かぶようになったからだろう(酒でも薬でも依存症ってそんな簡単に克服できるものなのか? とは思ったけど)。

そのあとの、かつてのライバルたちがベスに協力して一緒に世界最強の敵と戦う胸熱な少年漫画展開は言わずもがな。チェスでこんなに感動するとは思わなかった。

そういえば、メキシコシティの大会でベスは13歳のロシア人選手に「世界チャンピオンになったあとはどうするの?」と聞いていた。あれは自分への問いだったのだろう。

当時のベスは答えが出せなかったかもしれないが、孤独や依存症から解放されたベスならきっと新しい目標を描けるだろうなと思う。

なぜ全7話なのか

『クイーンズ・ギャンビット』が全7話なのには理由がある。

チェスにはポーンを一番奥(敵陣の最前列)まで進めるとクイーン、ビショップ、ナイト、ルークのどれかに昇格させるプロモーションというルールがある(『ダイの大冒険』にもそんな説明があったような)。

プロモーションではほとんどの場合、ポーンはクイーンに変化する。

ポーンを一番奥まで進めるとはどういうことか。それはポーンを7マス動かすということ。

身寄りのない孤児だったベスが7話かけてチェスのクイーンになるストーリーは、最弱の駒であるポーンが7つ進むとクイーンになることから来ている。

参考動画:10 Things You Missed in The Queen's Gambit

ボルゴフとの最終戦でも、ベスのポーンがクイーンに昇格したあとにベスが勝利する。

何が勝負の決め手になったのか私にはさっぱり分からないが、とにかく、ポーンがクイーンに変化することがドラマ全体で大きな意味を持っていたことだけは分かった。

ドラマを見終わったときは「こんなにおもしろいのに、なんで7話で終わっちゃうんだろう」と思ったけれど、7話であることにすら意味があるという衝撃。何から何まで完成度の高いドラマでした。

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