【オブラ・ディン号の帰還】2つの取引と猿の手から見える3つの願い

謎解きミステリーアドベンチャーゲーム『Return of the Obra Dinn(オブラ・ディン号の帰還)』のネタバレあり感想です。

本作はネタバレがゲーム体験に致命傷を与えるため、『オブラ・ディン号の帰還』をプレイ中の方やプレイ予定の方はクリア後に読んでいただけると幸いです(ネタバレなし感想はこちら)。

本記事は8章と船長について私が考えたことをまとめています。

人魚との2つの取引

8章の「取引」では2つの取引が行われた。

1.船長と人魚の取引

1つめは船長(ロバート・ウィッテレル)と人魚によるもの。

船長には乗員乗客の安全を守る責任があり、何としてでもイカの攻撃を止める必要があった。

船長は死にたくなければイカを鎮めろと言い、2体の人魚を殺した。そして3体目の人魚が船長の要求をのみ、イカを追い払うことで命拾いする。

おそらく船長が船倉にいるあいだに嵐が止みイカが去ったのだろう。船長は人魚と貝殻をそのままにして船倉から出た。

取引というより脅迫に近かったが、「イカを追い払えば殺さない」が1つめの取引である。

ところで、イカを追いやってくれたなら3体目の人魚は用済みだし危険だし殺してしまえばよかったのでは? という気はする。

しかし、当時のイギリスは世界各地から珍しいものを持ち帰るのが当たり前だったのかもと考えると、船長は美しい貝殻を持つ人魚を生きたままイギリスに持って帰りたかったのかもしれない。

2.三等航海士と人魚の取引

2つめの取引は8章その4にあった三等航海士(マーティン・ペロット)と人魚によるもの。

三等航海士は人魚を貝殻と一緒に海に返す代わりに、オブラディン号をイギリスに戻すよう求めた。そしてオブラディン号は4年かけて帰還する。

三等航海士は2章で病気のインド人甲板員の容態を気にかけていたので、きっと日頃から部下や仲間を大事にする人だったのだろう。

そんな彼は怪物との戦いで多くの船員を失い、さらにイカ戦では自分の司厨手と船長の妻アビゲイルが目の前で死ぬのを見た。これ以上の犠牲を出さないために、本気で何とかしないといけないと考えたはずだ。

なぜ三等航海士が人魚を海に帰せば解決すると考えたのかは分からないが、たぶんあのまま人魚を船倉に放置していたらまた怪物がオブラディン号を襲ったと思うので(船長の要求はイカを追い払うことだけだったから)、三等航海士が人魚を捨てる判断をしたのは正しい。

解放する代わりにオブラディン号をイングランドに帰してくれと人魚に頼んだのも、あの当時まだ残っていた船員や乗客の安全を考えてのことで、三等航海士の奉仕精神を感じる。

しかし船長と三等航海士による2つの取引は大きな代償を伴った。それを象徴しているのが猿の手のミイラだ。

猿の手から見る3つの願い

「取引」の章は、船医(ヘンリー・エバンズ)が船倉に残した猿の残留思念を伝って見ることになる。

そのときのキーアイテムが猿の手のミイラ。これが鳥の足でも猫のしっぽでもないのは、イギリスの小説家W・W・ジェイコブズの短編「猿の手」の影響だろう。

「猿の手」には3つの願いをかなえるアイテムとして猿の手のミイラが登場し、ある夫婦の願いごとをかなえるが、その願いは大きな代償を伴う形でかなえられる。

「取引」の章は猿の手が願いをどうこうする話ではないものの、「猿の手」のように3つの願いが登場する。

1つめは「イカを追い払え」という船長の願い、2つめは「オブラディン号を母港へ」という三等航海士の願い、そして3つめは「死ぬ前に手記の完成版を見たい」という船医の願いだ。

1.船長の願い

「イカを追い払えば殺さない」という取引は、「イカを追い払ってほしい」という船長の願いが込められている。

船長の願いどおり、イカは去って行った。しかし、そのころには何人もの船員が死んでおり、妻アビゲイルも犠牲になった。

7章その8を見たときは、イカで大変なことになっている甲板にアビゲイルがノコノコ出てきて不自然極まりないと思った。嵐に大イカに船員の死体、あの状況が危険だと分からないはずがないからだ(三等航海士もアビゲイルを見つけて心底焦ったに違いない)。

でもアビゲイルが甲板を歩いていたのは、船長の願いをかなえる代償として必然だったのだと今は思う。

2.三等航海士の願い

人魚を海に解放する代わりにオブラディン号を母港へ、という取引は「オブラディン号をイングランドへ帰してほしい」という三等航海士の願いが込められている。

三等航海士の願いどおり、オブラディン号はイギリスのファルマス港に戻った。しかし、乗員乗客でイギリスに戻った者はいない。

オブラディン号は帰還したが、その代償は船員の命だった。「船員の帰還」は願いに含まれていなかったからだ。

三等航海士は死に際に、生き残った船員はこれで無事に帰れると思ったはず。あの後、船員の殺し合いが起きて生存者ゼロになるなんて想像もしなかっただろう。

3.船医の願い

あの懐中時計は何なのか。一体どこで手に入れたのか。

船医ヘンリー・エバンスの謎加減は「なぜエドワード・ニコルズはあの体たらくで二等航海士になれたのか」に匹敵する。

さて、「死ぬ前に手記の完成版を見たい」という船医の願いは、主人公の保険調査官によってかなえられることになる(全員の安否確認を終えた場合)。

そしてその代償はというと、特にない。

小説の「猿の手」でも、1つめと2つめの願いは不幸な代償を伴う形でかなうが、3つめの願いだけはうまくかなえられるのだ。ラッキーな船医である。

ちなみに「猿の手」が発表されたのは1907年で、オブラディン号の舞台の100年後。船医は猿の手のミイラにこんな話があるとは知らないはず。

「取引」のまとめ

「取引」の章は船長と人魚、三等航海士と人魚の2つの取引を映すものだったが、「猿の手のミイラ」という視点で見ると、船長、三等航海士、船医の3つの願いが読み取れる章だった。

それにしても、「取引」で一番びっくりなのは人魚が英語を理解できることじゃありませんかね。船長の言葉も三等航海士の言葉もちゃんと通じていたわけなので。

だから料理人は尾ヒレでひっぱたかれたのだろうか。フライにするなんて言ったから。

船長の犯罪行為

最後に、船長のことについて。

損害査定書で船長は遺産を国王に没収されている。

私は最初、乗組員を4人殺害しただけでなぜ財産ボッシュートになってしまうのかと不思議に思っていたのだが、遺産没収は自殺に対して課せられているのだとあとで知った。

というのも、イギリスでは(正確にはイングランドとウェールズでは)自殺や自殺未遂は1961年まで犯罪行為だったのだ。

昔は自殺未遂がバレた人は刑務所に入れられたり罰金を取られたりしたらしいし、自殺者の遺族は国に財産を没収されることもあったらしい。

参考:When suicide was illegal - BBC News

『オブラ・ディン号の帰還』の舞台は1807年なので、船長の自殺は犯罪と見なされる。

船長がイングランドに残した遺産だけでなく、仮に船長の両親などがイングランドに住んでいたとしたら、その人たちの財産も没収されたのかもしれない。

ただ、船長はオブラディン号の航海中に妻と義兄(一等航海士)を失っただけでなく、自分が管理するべき乗組員の全てを失い、商船として積み荷や乗客を目的地まで運ぶという努めも果たせなかった。

1人だけイングランドに戻ったら乗組員の遺族や東インド会社から責任追及の嵐なのは間違いなく、職も名誉も失うことになっただろう。

船長が失ったものはあまりにも大きく、たとえ自殺が罪だとしても死ぬことを選んだのは無理もないと思う。

ほんと、二等航海士がおとなしくしていればこんなことにはならなかったのに。貝殻を持ち込んだフォルモサ集団も謎だけど。

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