社畜の素養は10代で育成される。『体育会系~日本を蝕む病~』感想

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以前、お子さんが中学受験をするという友人から都会の受験事情を聞いた。

しっかり受験対策している家の子は、平日は学校が終わったら塾で3時間勉強して、家に帰ってごはん食べてから4時間勉強して、休みの日は1日10時間勉強しているのだと。

受験すれば9割の学生が合格する地方の私立中高一貫校出身の私は、都会の中学受験の壮絶さにおののいた。

そしてその友人は言った。

「小学生がこんなに長時間勉強しないといけないなんて…。社畜の養成は小学生から始まっている!」

この話を思い出したのは、ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリンさんの著書『体育会系~日本を蝕む病~』を読んだからだ。

上司から部下、先生から生徒、つまり立場が上の人から下の人への理不尽な根性論の押しつけを著者は「体育会系思考」と名付けている。

ブラック企業や女性差別、世代論なども体育会系思考に染まった人たちによって作られたものであり、よく聞く「やればできる」「がんばりが足りない」「自己責任」といった言葉や同調圧力も体育会系思考に根付くものだという。

体育会系思考は学校で植え付けられるという主張を読みながら私はうんうんうなずいていた。

例えば校則。

学校によっては前髪の長さや髪の色、スカート丈など勉強に関係ないことで規制を作って生徒を管理し、子供に「ノー」と言うことを許さない教育をしているところがあると本には書かれている。

私の通っていた中学・高校がそんな感じだった。

前髪は眉毛より長いのはダメ、爪が長いのはダメ、髪を染めてはダメ(地毛が茶色い場合は頭髪証明書を出せ)、セーラー服のスカートは膝下(背が伸びたら裾を伸ばすか新品を買え)などなど、身だしなみに関する決まり事がたくさんあった。

生活検査で定期的にチェックされ、私は前髪が長くて先生にその場で切られたこともある。今考えるとありえない。

せめて、前髪が目にかかると視力が低下するとか、スカート丈が短いと変質者に狙われやすくなるとか、真偽はさておきそういう説明があるのならまだ納得できる。

しかし学校側は「そういうルールだから」の一点張りで、生徒が声を上げることを許さない。

こうしておかしいと思ったことに面と向かって「おかしい」と言えない人間が養成される。

「おかしい」と声を上げる人がいなければ理不尽な押しつけは滅びない。悪循環だ。

そもそもおかしいことにおかしいと気づかない場合もある。私も当時は「そういうものなんだ」と特に疑問を感じていなかった。

前の職場でも、9時始業なのに毎週月曜日に行われる朝礼は8時45分から始まるという摩訶不思議な習慣があった。

でも私は「この会社はそういう会社だ」「つらいけどみんな何も言わないし」と最初の数年はのんきにしていた。立派な社畜予備軍である。

始業時間前に朝礼やるのはおかしくないか、とようやく気づいてからも特に上層部に異議を申し立てることもなかった。実行したところで「最近の若い社員は」と影で呆れられただけなのだろうけど。

ブラック企業に比べれば朝礼など大したことないのだろうが、おかしなことを押しつけられて我慢するのは自分にとって何ひとついいことがない。

もしこれがハラスメントや慢性的な長時間労働だったら健康上のリスクになる可能性だってあるのだから。

冒頭の受験の話も子供が自主的にやっているのであれば別だが、親に「やればできる」とか「がんばりが足りない」とか言われながらやらされている子供は長時間労働への耐性がつき、他人にもそれを強要するブラック企業適正のある大人になるのではないかと勝手に心配している。

体育会系思考に押しつぶされないための対策として、本では自分に優しくなること、変なことを言う人はスルーして逃げること、子供がいる人は学校選びから気をつけることが挙げられている。

具体策としては物足りなく感じるものの、こういったことができる人が増えて体育会系思考が減れば今よりも生きやすい社会になるだろうなと思う。
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