読書記録:『死んだら永遠に休めます』など小説4冊の感想
最近読んだ本の感想。
今回の一押しは『死んだら永遠に休めます』で、そこだけやたら文量が多い。
ネタバレは基本なし。ある場合は注記あり。
死んだら永遠に休めます 遠坂八重 (著)
個人的にとても好きだけど人を選ぶ小説。
限界会社員が主人公のミステリ。サイコスリラーと呼んでもいいかもしれない。
上場企業の総務経理部に勤める青瀬は、パワハラ上司・前川によって心身をすり減らされている。
ある日、その前川が「私は殺されました」「容疑者は以下のとおりです」と部下全員の名前を書いた遺書めいたメールを残して失踪してしまう。果たして前川失踪の真相とは? 犯人は誰なのか? というのが物語の導入だ。
最初に断っておくと、職場の人間関係に苦しんでいる人、いま元気がない人にはあまりおすすめできない。青瀬のブラック社畜描写やパワハラ被害が生々しいからだ。
地の文には、青瀬がワークライフバランスとは無縁で、健康で文化的な最低限度の生活すら危うい状況に置かれていることがこれでもかと書かれている。
私は身体が痛い。
目も腰も頭も額も首すじも尻もかかともぜんぶ痛い。
まだ二十代なのに、最後に健康体だった日がいつかもう思い出せない。(p23)
おにぎりに梅干しを入れる気力もないのに、十メートル先のごみ捨て場にごみを出す気力もないのに、生き方そのものを変える気力なんて残っているわけがない。(p44)
「そんな会社、さっさと辞めればいいのに」と外野は簡単に言うけれど、日々の激務とパワハラに疲れ果てた人間には、逃げるためのエネルギーすら残されていない。作中でもとにかく「疲れた」というワードが大量に出てくる。
やってもやっても終わらない仕事。休めないから頭が回らずミスが増え、そのミスの回収でさらに苦しむという地獄の負のループ。「気力がないから現状を変えられない」という心理の解像度が恐ろしいほど高い。
ストーリーの構成も巧みで飽きさせない。
パワハラの張本人が失踪し、やっと安らかに仕事ができるかと思いきや、今度は警察が介入してきて周囲から容疑者扱いされ、心はさらに蝕まれていく。さらに、疲弊しきった状態でのアパートの住人トラブルなんかも重なり、青瀬はどんどん追い詰められていく。
ずっと息が詰まりそうになる展開の連続だが、職場に数少ない味方がいるおかげで、緊迫する部分と平穏な部分の緩急があり、読む手が止まらない。
そして、この物語の最大の面白さは「人によって見えている世界がぜんぜん違う」という真理を、ミステリの構造にうまく落とし込んでいるところにある。
読み手は主人公である青瀬の視点でしか物事を把握できない。当然、青瀬の自己認識に沿って同僚や上司の人間性を判断していくわけだが、読み進めるうちに少しずつ「あれ?」という違和感が積み重なっていく。
結末は、派手な大どんでん返しというより「なるほど…そういうことだったのか……」と、それまでの景色が変わるような着地。大変面白かった。
※ネタバレ感想
仁菜のミスの埋め合わせで仕事が終わらない、前川は外面ばかりよくて人の仕事を増やす、自分は高学歴でまとも、というのが青瀬の認識だったけど、実際は青瀬がミスだらけで忘れっぽくて周りの仕事を増やしていたのだ。青瀬にはプライム上場企業で正社員をやれるスペックがなかった。
忘れっぽいのは疲れのせいもあるけど元からだったのだ。いくら疲れていたって、元カレとの思い出が何ひとつ思い出せないわけない。アパートの件も、最初は嫌な大家さんだなと思ってたけど、青瀬は掲示板も郵便ポストも見ない、ゴミを溜め込んで騒音を出す本当に困った住人だったんだろう。
佐伯は優しくて青瀬の味方っぽかったけど、そんなに魅力的な人ならなおさら青瀬に執着する理由が分からん。もっといい人がいるだろうって話なので、ひょっとしたら佐伯も自分よりできない人と一緒にいることで安心感を得るタイプとか、そういうのだった可能性がある。
仁菜ちゃんは中学生のころ、向いてないことから抜け出すことを青瀬から教わった。だから青瀬の味方だった。新潟から出てきて一人暮らしをしている大学生=青瀬。
この話は青瀬が人間らしさを取り戻し、向いていない仕事から抜け出す、自己の解放の話でもある。
同時に、仕事が絶望的にできない人に対して周りはどうすればいいのか、という悩ましい問題を突き付けてくる。
アナヅラさま 四島祐之介(著)
長野県の田舎町で若い女性の連続失踪事件が起き、それが顔にぽっかり穴の空いたバケモノ「アナヅラさま」の仕業だと噂されていた。事件の真相に探偵・小鳥遊穂香が迫っていく、というミステリー。都市伝説のくだりはオカルトにも近い。
ライトノベルのようなキャラクター名や設定に好みは分かれそうだが、小説ならではの仕掛けがあって終盤には「そういうことだったのか!」となる。アナヅラさまという概念がうまく使われている。でも怖いのは都市伝説よりも人間だと思う。
振り返ってみると、本作の面白さは「完全犯罪が手軽にできる舞台装置があったら人はどうするのか?」を垣間見られる点だと思う。
殺したあとのリスクが大きいから、ふつうは人を殺さない。でも、ちょっと力仕事をすればまるっと死体ごと証拠を消せる手段があったならば、殺しの抵抗はぐっと下がるのではないか。満たしたい欲があった場合、人はそれを使わずにいられるのか? という視点で読んでみるといいかも。
月収 原田ひ香 (著)
お金と人生をテーマにしたオムニバス小説。月収も年齢も境遇もまったく違う6人の女性たちが主人公で、月収4万から100万まで、それぞれのリアルなお金との付き合い方や生き方が描かれている。
作中にはNISAや不動産投資の話が出てくるので、まったく知らない人には「資産運用ってこういう感じなのか」というのがストーリーで読めていいかも(不動産投資ってそんな簡単にできるのか? とは思ったけど)。
資産運用の専門書ではないので、お金の貯め方や増やし方が書かれているわけではないが、「人生このままで大丈夫かな」と将来への漠然とした不安にそっと寄り添うような本。
月にいくらあれば幸せかは人によって違う。人生のステージによっても変わる。その時々に合った自分のモノサシを持つのが大事。そうすれば他人に嫉妬しなくなる。
新しいことを始める登場人物たちの姿に励まされると同時に、とはいえ動けなくなった時にお金が入ってくる仕組みも必要だよなと考えさせられる。
ある章の脇役が別の章で主役になったり、ふとしたきっかけでそれぞれの人生が交差していく構成で、あの人がその後どうなったかがさりげなく分かったりするのが面白い。
殺し屋の営業術 野宮有 (著)
優秀な営業マンが、ひょんなことから命懸けで殺人請負会社の営業マンになってしまう話。
2週間で2億円という絶望的なノルマを課せられ、凶悪な同業者たちとの探り合い、騙し合い、出し抜き合いが展開される。
次々と降りかかる苦難からの怒涛の逆転劇がスピーディーで爽快。テンポが良くて最後まで飽きずに読める。
殺しの依頼を営業でとってくる切り口が新鮮で、作中で披露される営業トークも勉強になる。整った笑顔で安心感を与えてくる相手は警戒しておこう。
鳥にまつわる名前の法則や小話、ピンクダイヤモンドなどの小物の使い方も洒落ていてよかった。
主人公があっという間に裏社会に馴染むので、もう少し心情の変化を見たかった気もするけれど、殺し屋の内面を丁寧に描いた作品なら伊坂幸太郎さんの殺し屋シリーズ(『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX アックス』『777 トリプルセブン』)で満たされるので、深く考えず殺し屋エンタメとして楽しめばいいやと思った。




